盛岡第一高等学校東京白堊43会 

訃 報

 

 白堊43会会員でございました下記の方々のご逝去の連絡を頂きました
 これまでの会活動へのご協力に感謝申し上げますと共に 謹んで
 ご冥福をお祈り申し上げます  合掌・・・
 故人御芳名   3年次  没年月日
 平山良一 4  2018年10月18日没
 小川啓二 2  2018年5月28日没
 野田(千田)真理子 3  2017年10月30日没
 若松信行 8  2017年10月1日没
 遠藤(駒ヶ嶺)律子 1  2017年6月11日没
 沼川武志 8  2017年4月23日没
 漆原一元 4  2017年1月26日没
 上野 望 5  2016年2月7日没
 今松英悦 2  2013年11月7日没
 高橋冨栄 様 8  2013年8月14日没
 吉田良一 2  2013年7月11日没
 永井譲次 8  2011年10月12日没
 菊池昭文 7  2011年6月14日没
 藤田充司 4  2011年1月12日没
 佐々木孝道 7  2010年4月15日没
 佐藤厚志 様 3  2010年2月20日没
 菊池哲郎 様 6  2009年1月22日没
 作山文昭 2  2007年10月14日没
 小野寺正信 8  2007年7月16日没
 宮永雄平 4  2007年4月3日没
 佐々木晴信  2007年3月19日没
 村上章夫 6  2005年8月16日没
 若林善平 8  2004年2月25日没
 菊池 寛 様 8  2002年7月13日没
 宮澤英裕 2  2002年5月3日没
 藤原正勝 様 7  1999年10月 日没
 二上(小本)美知子 様 3  1999年1月5日没
 桐生久士 4  1997年4月2日没
 千葉耕平 様 7  1996年11月8日没
 荒木 寛 様 6  1994年3月7日没
 瀬川克憲 様 7  不明
 広瀬一郎 様 7  不明
 福来文雄 様 2  1984年6月21日没

3年次組
生徒数 49 50 49 47 54 53 53 53 408
物故者 1 6 3 5 1 3 6 7 33

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謹んでお知らせ申し上げます
平山良一君が2018年10月18日(木) ご逝去されました
星野君から連絡があり 澤藤から奥様の佐和子さんに電話したところ 18日逝去 23日通夜 24日告別式を家族などごく内輪で済ませたとのことでした 29日(月)に澤藤が弔問に伺いました ロサンゼルスから娘さんも一時帰国されていました
奥様は いまだに亡くなったことが信じ難いとのこと 13日に下肢が腫れて病院に行き 蜂窩織炎(ほうかしきえん)との診断 細菌感染して炎症を起こしており服薬していましたが 17日に赤く大きく腫れて発熱して痛みを伴ったため救急車搬送 入院した翌朝奥様が病院へ出掛けようとしているところに病院から電話が来て「心臓が動いていない」とのことだったそうです 医師も命に関わるような病気と考えておらず 病理解剖に回すことになりました 詳しい結果が出るまでに1ヶ月かかるとのことで 死因は「出血性ショックの疑い」 内臓各所に出血が見られたようです
享年68歳 謹んでご冥福をお祈りいたします
                 合掌


2017年2月4日(土)ホテルグランドヒル市ヶ谷での「2017年新年会」でのスナップ
2015年新年会」にも参加されていました

右写真は卒業アルバムでの新聞部です。1950年4月1日生まれ、我らが同期では最も若い平山君が部長でした。顧問の遊座昭吾先生は2017年1月6日享年91歳(満90歳)で逝去されました→2017年お知らせ 葬儀には盛岡43会と在京43会の折半で生花を供しました
平山君はご両親が当時釜石で、盛岡の会社の寮から通学されていました。右上の千葉耕平君は1996年11月8日逝去、その左の3人は在京白堊43会の常連ですからお分かりでしょう
平山君はずっとロサンゼルスで会社を経営しており、帰国して日程が合ったときは在京白堊43会に参加していました。しかし治療法の無い難病に罹患して帰国、2011年からは盛岡市にも事務所を構えて仕事していました。このときの同期の皆さんの協力に深く感謝していたそうです。
思いがけぬ急死でしたが、ロスには孫も居り、それなりに良い人生だったのではと奥様もおっしゃっていました。盛岡一高での思い出が彼の一番の楽しい記憶だったようです。奥様にどうしても連絡したいという方は澤藤が取り次ぎますので連絡下さい→メール



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謹んでお知らせ申し上げます
長きにわたり人工透析を続けながら頑張って来た小川啓二君が 2018年5月28日かえらぬひととなりました 享年69歳でした 中屋敷修君→大川 忠君→森田健二君のルートで連絡がありました 謹んでご冥福をお祈りいたします   合掌
葬送日程は下記の通りです
 1.通 夜  5月31日(木) 18時〜19時 東円寺会館:杉並区和田2-14-6 TEL:(03)5385-8800 GoogleMap
         アクセス… 東京メトロ丸ノ内線 「中野富士見町駅」から本郷通りを西南西方向へ徒歩8分
 2.葬 儀  6月1日(金) 11時〜12時  場所は同上
 3.喪 主  小川淑子(としこ)様(御令室)
お通夜には盛岡から中屋敷修君が駆け付け、大川 忠君と森田健二君と連名で生花を供されました 下田喜美雄君も列席されました 葬儀には、在京白堊43会世話人として澤藤隆一が大川 忠君と森田健二君とともに臨席しました 一戸裕子さんからの大変心のこもった弔電が真っ先に披露されました 葬儀を終え 慈法啓道居士となった故人を偲び 三人で献杯しつつ昼食をとり 大川 忠君と森田健二君は火葬場へと向かいました 35年間週三回の人工透析に耐えて 四人のお孫さんに見送られて あっぱれな人生でした



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謹んでお知らせ申し上げます
在京白堊43会の常連中の常連だった野田(千田)真理子さんが 2017年10月30日朝8時頃 病没されました 葬送日程は下記の通りです
  通夜:11月1日(水)18:00〜(於 はごろもホール
  葬儀:11月2日(木)11:30〜(    同      )
  式場住所::東京都立川市羽衣町3-16-15(電話:042-595-9246)
  アクセス:JR中央線・青梅線・南武線の立川駅南口1Fターミナルよりタクシーで約5分
  または JR南部線西国立駅から徒歩約7分
喪主:野田洋平氏(御長男)
納骨は、11月23日(木)11時報恩寺(盛岡市名須川町31-5)

在りし日の野田真理子さん
2017年2月4日
9月22日六本木での「戸田公明君を囲む会2017」ではお元気で 海外旅行の話などを楽しそうに話されておりました どうにも信じられない思いです
10月初め 帰国直後に具合が悪くなり 急いで病院に行ったら 既に手遅れとの診断が下されたようです
10月28日(土)弟さん(白堊47年卒:千田俊樹氏)から大澤邦雄君に連絡があり 翌10月29日(日)一戸裕子さんが山崎啓一君と共に雨の中お見舞いに行きましたが 既に意識は無く それでも手は温かかったのに...10月30日(月)朝 天に召されました
野田真理子さんは「同期の活躍」にも載っています 在京白堊43会のイベントにはほぼ出て来られる方で 女流作家として活躍されておられました
 清真妙理大姉 謹んでご冥福をお祈りいたします                 合掌
野田真理子さんを偲んで」のページを設けました

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謹んでお知らせ申し上げます
我らが応援団長 建築家の若松信行君が2017年10月1日(日)9時27分 逝去されました
昨年6月膵臓癌が見つかり 長い間懸命に療養していましたが 薬石効なく旅立たれました
葬送日程は
 1.通 夜  10月3日(火) 17時  北山浄光会館
 2.火 葬  10月4日(水) 11時  やすらぎの丘
 3.葬 儀  10月5日(木) 11時  報恩寺(盛岡市名須川町31-5)
なお、白堊43会から生花を贈ることにしました
若松君は一昨年の「君と出会って50年」の会でも司会から本締めまでやってくださいました
※10月7日の盛岡43会は「若松君を偲ぶ会」として、割烹居酒屋TAGAで18時半から開催します
 参加する方は10月3日までに岡田和士君へ連絡して下さい
 謹んでご冥福をお祈りいたします
                 合掌


2015年5月16日(土)ホテルメトロポリタン盛岡「君と出会って50年」で司会進行役



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謹んでお知らせ申し上げます
在京白堊43会のかつての常連だった遠藤(旧姓・駒ヶ嶺)律子さんが、病気療養中のところ 薬石効なく 2017年6月11日に逝去されました 親しい友人だった橋本正子さんから「ご主人から連絡がありました ご親族でご葬儀はすまされました 連絡が遅くなりました」とお知らせがありました
遠藤(旧姓・駒ヶ嶺)律子さんは「想い出の白堊43会」のページに写真が載っています 謹んでご冥福をお祈りいたします
                                      合掌


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謹んでお知らせ申し上げます
沼川武志君が2017年4月23日に他界されたと弟さんから連絡がありました
葬儀は4月26日、27日に近親者、一部の友人・知人にて行ったそうです
焼香を申し出ましたが 辞退されました
2017年2月4日の新年会の懇親会のページに「沼川武志君の情報を求む」と載せてありましたが、それを見てご連絡くださったとのこと、「亡くなったとの情報もあるが詳細不明」などと不確かな情報をHPに載せ、大変失礼致しました ひらにお詫び申し上げます
生前のご厚誼に深謝し 謹んでご冥福をお祈りいたします   合掌
右写真は2010年新年会のものです→クリック 2009年の遊座昭吾先生の最終講義後の懇親会での元気な姿→クリック 盛岡・東京合同で盛岡三寿司総本店で行われた2008年の新年会で→クリック

在りし日の沼川武志君
2010年1月30日



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謹んでお知らせ申し上げます
漆原一元君は かねて病気療養中のところ 2017年1月26日(木)23時過ぎ 薬石効なく自宅で永眠されました ガンで友愛病院緩和ケア病棟に入院していましたが、本人の希望で自宅に帰っていました
柔道部で、盛岡の43会常連、岩泉警察署長を最後に退職されました 細田君がかつての警察仲間と見舞いに行き、年末に43会として大場君と岡田君が見舞いに行ったそうです
生前のご厚誼に深謝し 謹んでご冥福をお祈りいたします   合掌

                                  記

在りし日の漆原一元君
2015年5月16日
1 通 夜  1月29日(日)  17時 北山浄光会館
2 火 葬  1月30日(月)   14時 やすらぎの丘
3 葬 儀  1月31日(火) 11時 矢巾高伝寺(紫波郡矢巾町高田第12地割53)
白堊43会から供花を手配したと 岡田和士君から連絡ありました 弔辞は谷藤文明君が捧げます



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謹んでお知らせ申し上げます
上野 望(うわののぞむ)君は かねて病気療養中のところ 2016年2月7日(日) 薬石効なく永眠されました
在京43会にもたびたび顔を出してくださり 2015年5月16日盛岡の「出会って50年」のときも参加されておりましたが 顔色はすぐれず 心配しておりました 右写真は2014年1月のグランドヒル市ヶ谷での新年会のとき 抗癌剤の影響が見られましたが あの上野節で 「大丈夫だ 心配するな」と意気盛んでした 生前のご厚誼に深謝し 謹んでご冥福をお祈りいたします   合掌

                                  記

在りし日の上野 望君
2014年1月の新年会で
1 通 夜  2月9日(火)  17時 セリオホール中野(盛岡市中野2-3-25 TEL:0120-059-212)
2 火 葬  2月10日(水)   9時 やすらぎの丘
3 葬 儀  2月10日(水) 11時半 セリオホール中野
白堊43会から供花を手配したと 岡田和士君から連絡ありました



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謹んでお知らせ申し上げます
今松英悦君が、2013年11月7日(木)16時に、薬石効なく永眠されました。ここ数年体調を崩されておられましたが、今年はじめには健康も回復に向かい、来年の43会には出られそうです、という元気な便りが大澤君に届いておりました
葬儀等の詳細は、次の通りです。
 通夜 11月9日(土)18時から
 葬儀 11月10日(日)10時半から
 喪主 ご令室 経子様
 場所 セレモ船橋駅北口ホール (〒273-0864 船橋市北本町1-3-11  電話:047-421-4444

在りし日の今松英悦君
2005年5月在京白堊会
故今松君は、毎日新聞で長く記者をされた後、毎日新聞の顔とも言うべき論説委員も歴任されました。特に経済関係には造詣が深く、昨年10月には、「そして「豊かさ神話」は崩壊した」/近代セールス社を上梓しておられます。大澤君が海上自衛隊で幹部教育を担当していた時、何度も講師として来てくれて、経済関係の話を若手幹部に講演してくれたそうです。生前のご厚誼に深く感謝すると共に、謹んでご冥福をお祈りいたします   合掌
(この連絡は、佐々木勝裕君から頂きました。在京43会員には大澤邦雄君からメールが回っております)


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謹んでお知らせ申し上げます
卒業後、永らく我が白堊43会の幹事として、お世話いただきました吉田良一君が2013年7月11日(木)22時、膵臓癌にて逝去されました。謹んでご報告いたします。
葬儀等の日程は次の通りです。
  火 葬  7月15日(月) 9:30 三ツ割 盛岡市斎場やすらぎの丘
  葬 儀  7月15日(月) 14:00 ホテル東日本
なお、ご遺体は材木町エヴァーホール別館に安置されております。 合掌
(この連絡は、岡田和士君から頂きました。在京43会員には大澤邦雄君からメールが回っております)

在りし日の吉田良一君


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謹んでお知らせ申し上げます。 以下大澤君から連絡 ・・・・・・・・ 2001年の新年会はコチラ
永井譲次君が、2011年10月12日、還らぬひととなりました。9月13日に患者さんの歯の治療中、突然倒れて病院に搬送され、以後治療を受けておられましたが、そのまま意識が回復することなく亡くなられたそうで、死因は、脳幹出血とのことです通夜等の詳細は、次のとおりです。
 通  夜 10月16日(日)18時〜19時
 告別式 10月17日(月)10時〜11時
 場  所 町屋斎場 (荒川区町屋1−23−4 電話03−3892−0311)
 喪  主 永井真知子(夫人)
43会の弔慰積立金から香典をお渡しすることにしております。永井君は厨川中学校の出身で、ひょうひょうとして人当たりが良く、怒った姿を見たことはありません。一高では御存知のようにサッカー部の一員として活躍されました。謹んで、御冥福をお祈り申し上げます。  合掌



2001年新年会時


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謹んでお知らせ申し上げます(佐々伸君→大澤君より連絡)
釜石市で林宗寺の住職をされていた菊池昭文君が、2011年6月14日、肺癌のために亡くなられました。林宗寺は、18世紀、現在の宮古街道の開削に生涯を捧げたことで知られる鞭牛和尚が住職をしていたことで知られる古刹です。
                                      合掌


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謹んでお知らせ申し上げます(浅沼君→大澤君より連絡)
藤田充司君が、2011年1月12日に亡くなられました。埼玉県桶川市に住み、東京白堊43会に出ておられた頃は歯科医院を開業されていましたが、その後やめた、とのことでした。
宮古市で産婦人科医をされている義兄の方に伺ったところ、原因も治療法も分かっていない難病の拡張型心筋症を患っていて、それによる心不全によって亡くなられたということ。独身だったために、亡くなられた後に自宅整理をしたが、誰に知らせたら良いのか分からず、葬儀・火葬は家族のみで執り行われたそうです。
2011年2月11日(金)15時から東京都北区西が丘1−35−18 大松寺(ダイショウジ 曹洞宗)で納骨を行うとのことですので、参列して、藤田君を見送ろうと思っています。納骨に際して、在京43会として、皆さんから寄せられたご厚意を基金としている弔慰金口座から香典をお送りします。お気持ちのある方は、口座に振り込んで戴ければ、今後、有効に活用させていただきます。
今を生きさせて貰っていることに感謝して、藤田君をお送りしようと思います。
なお、43会ホームページに掲載されている過去の新年会の項のうち、2001年のところに入っていただくと、藤田君の元気な姿を見ることが出来ます。
ここをクリックしてください。
                                      合掌


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謹んでお知らせ申し上げます(文責:澤藤隆一)
遠野市松崎町にてながね歯科医院を営まれる傍ら 書評家としても活躍されていた佐々木孝道君が 2010年4月15日17時05分 心臓疾患のために亡くなられました 盛岡中央病院で3/31手術されましたが 治療虚しく・・・葬儀は18日に執り行われました 在盛43会から生花が供せられました 心より御冥福をお祈りいたします
佐々木君は われらの在校時 ラグビー部員として活躍されたことを 皆さん御存知のことと思います 東京医科歯科大学にしばらく残っていて それから遠野に帰りました 在京43会の新年会にも ラグビーの全日本大会との日程が合えば 何度か参加してくれました2004年には 秩父宮ラグビー場に釜石シーウェイブスを応援に行き その帰りに東京・本郷の名旅館「鳳明館」で行われた東京白堊43会新年会に顔を出してくれました そのときの模様は→クリック
また2001年2002年の新年会には続けて虎ノ門パストラルに駆けつけてくれました 右の写真は2002年の新年会の2次会:神谷町の串特急での写真です この年の虎ノ門パストラルも串特急も 佐々木君の良い写真が残っています これを見ながら思い出に浸り 佐々木君を追悼しましょう

2002年新年会の写真
集合写真 その1 その2
その3 その4 その5 その6
澤藤は高校時代 大変仲が良く それというのも こちらがへらへらと冗談三昧 それを面白がってくれるのですが 当人は泰然自若 いつもにこにこしていて 人は自分にないものに惹かれるといいますが 気が合って 高校卒業後42年間年賀状のやりとりを欠かしませんでした 息子さんは社会人ですが、娘さんはまだ大学生 さぞ心残りだったことでしょう あんなバリバリの、さわやかなスポーツマンがこんなに早く逝ってしまうなんて、やるせません 残念です 口惜しいです   合掌
皆様、このお酒はなんでしょう?
越乃寒梅ですよね

実は佐々木孝道君の弟さんの努さんが
2010年5月8日(土)東京グリーンパレスで
開かれた第42回在京白堊会総会の会場に
持ってきてくれたもの。
わざわざ澤藤隆一を呼び出して、渡して
くれました。

実は4年前から心臓病で、
東京白堊43会の新年会にも、
出たくても出られない状況だったとのこと。

亡くなる前に、
43年卒の皆さんに、
飲んでくれと託してくれたお酒だそうです。

粋なこと、やるじゃないか!
うれしいな〜・・・

孝道、ありがとう。
飲ましてもらうよ。献杯!


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謹んでお知らせ申し上げます
紫波町役場に勤務されていた作山文昭君が、2007年10月14日早朝、病気のために亡くなられました
作山君は、われらの在校時、硬式野球部のエースとして大活躍されたことを、皆さんはよく御存知のことと思います。本当に頼もしいピッチャーとして活躍して戴きました。心より御冥福をお祈りいたします
在京からは、佐々木美枝子さんが代表として参列して戴けることになりました
なお、2007年の盛岡でのお盆の時の元気な様子が、次のページに掲載されています→クリック
ご覧頂いて、作山君を偲んで戴きたいと思います  合掌


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謹んでお知らせ申し上げます
一戸で開業医をしている小野寺正信君が、2007年7月16日、急逝されたとのことです 川で釣りをしている時のようです
謹んでご冥福をお祈り申し上げます
小野寺君は盛岡での同期会にもしばしば出席される常連のひとりでありました
連絡先をお知りになりたい方は大澤君または盛岡の平井君へ連絡ください
                                                 合掌


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盛岡の佐々木晴信君が、今年3月19日AM、病気で逝去されたとのことです。  合掌


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舞台演出家そして脚本家として商業演劇の世界で大活躍された宮永雄平君が2007年4月3日ご逝去されました。4月7日告別式が行われ、小林律子さんが43会代表として参列されました。
宮永君は現在新橋演舞場で公演中の沢田研二・藤山直美主演による「桂春団治」の舞台を脚本、演出されました。全身に転移した癌による身体中の痛みと闘いながら、4月3日の舞台初日の幕が開くのを見届けてから逝くという、そんな芝居馬鹿を最期まで貫き通した演劇人であったと息子さんが語ったそうです。インターネット上で見る石井ふく子さんと並んだ宮永君はずいぶんスリムでした。  ご冥福を祈ります。  合掌
葬儀に参列した一戸裕子さんが、新橋演舞場で上演中の「桂春団治」を観に行きメッセージを寄せてくれました。
 とても素晴らしい芝居でした。役者が藤山直美、沢田研二、そして小島慶四郎や入江若葉など名優ぞろいだということもありますが、脚本はとてもしっかりと完成されていてテンポもよく、舞台回しも見事でした。破天荒な生き方をした桂 春団治がなんとも魅力的で、笑いながら思わずほろりとなります。とくに、春団治が昇天する最後の場面は、初日の舞台の幕が下りると同時に亡くなったという宮永君と重なり、涙なくては見ることができませんでした。できれば同期の皆さんに、彼が最後の力を振り絞った舞台を観ていただきたいと思い、お声をおかけします。 >  4月27日まで、新橋演舞場で上演中です。劇場に電話をすれば、何とか席を取れると思います。掛け値なしに面白い舞台です。 > >  切符申し込み :チケットホン松竹  03-5565-6000

岩手日報記事:佐々木孝道君ご提供


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遅まきながら村上章夫君ご逝去についてお知らせします
2005年8月、村上章夫君が病気で急逝されたことを知ったのが1ヶ月後だったので、訃報を掲載しませんでした。大澤邦雄君が同期の皆様にメールでお知らせしましたように、同期生を代表して大澤君が香典を持参して御遺族に弔意を表してきました。大澤君によりますと娘さんとお話したそうですが、納骨前だったので自宅にあった御骨の前には、にこにこと鬚面で笑っている、いい表情の村上君の遺影があり、感慨深いものがあったとのことです。村上君は厚生労働省に勤務し、雇用関係の仕事をされ、できるだけ失業者が出ないように熱心に仕事されておりました。澤藤隆一の勤務する会社の工場(埼玉県久喜市)にも指導に見えて、協力会社を含めたいへんお世話になりました。
 また詩人でもあり、詩集を頂いたこともありました。転勤で埼玉の自宅から宇都宮まで電車で通うのは時間がかかるけど単身赴任よりいいよと明るく話していたことを覚えています

2001年2月3日(土)東京都港区虎ノ門パストラルにて新年会のときの元気な姿
この香典は、平成14年に同期生が相次いで亡くなったとき、一緒に学んだ仲間としてタイムリーに動けるように基金を設けよう、という趣旨で募ったときに、15人の有志から戴いたお金が元になっております。その後、新年会等の残金を入金する形で蓄えてまいりました。今回、そのような基金があるのなら、志を送りたいという申し出がありましたので、その口座をお知らせします。なお、今年の新年会の残金、13,281円も、この基金に入れさせて戴きますので、これを加えると、残高は73,968円となります。
弔意基金口座は、郵便貯金です
  口座名:盛岡一高在京43会   記号:10510   番号:66943881


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 謹んでお知らせ致します
 若林善平君が亡くなられました 火葬、葬儀日程等は以下の通りです
   火 葬 : 2月25日(火) 於盛岡北山火葬場  9:30より
   喪 主 : 若林孝典 様(善平君のお兄様)
   連絡先 : 盛岡市箱清水1−15−21
   TEL : 019−661−6699
   葬 儀 : 釜石で行われるとか?詳細不明(後日大澤君より連絡があると思います)


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謹んでお知らせ致します
仙台在住の菊池寛君が、2002年7月13日(土) 午前3時34分 薬石効なく、逝去されました
奥様のお話によりますと、心臓に腫瘍が見つかったために今春手術し、その後療養を続けていましたが、最近は肝臓に転移していた、ということでした 葬儀の日程等については、下記の通りです 故菊池君は、在京43会の新年会や盛岡の新年会に、殆ど毎年のようにわざわざ仙台から来て参加戴いておりました 在京43会の会合については、昨年の参加が皆さんと会う最期の機会となりました 生前のご厚誼に感謝し、謹んでご冥福をお祈り申し上げます
なお、吉田博夫君が在京43会を代表して通夜か葬儀に参列するとともに、在京43会としては生花を献花いたします
            記
火 葬 7月16日(火) 仙台市葛岡斎場  出棺13時  火葬14時
通 夜 7月16日(火) 17時
 場所:菊葬会館
     〒980-0014 仙台市青葉区本町2-19-15 電話022-223-3282 JR仙台駅から徒歩15分
葬 儀 7月17日(水) 11時
 場所:菊葬会館
喪 主 奥様(順子様)

通夜及び葬儀出席報告 2002年7月20日 大澤 邦雄 記
先日、お知らせしましたように、菊池寛君のお通夜(16日)及び葬儀(17日)が、盛大に執り行われました
お通夜等に参列された、次の方々のメールを掲載し、報告に換えさせていただきます。但し、一部の個人的な情報については、削除して転載しました
今年5月に亡くなられた故宮澤君と同様に、「在京白堊43会」として生花を献花すると共に弔電を打っております。宮澤君の場合は、有志で経費を分担しましたが、今回は一緒に負担したいと申し出られた方々がおられましたので、我も、とお考えの方はお知らせ下さい。このための新たな口座を設けるとともに、経費については均等割りで対処したいと思います
今後、このような場合の経費として、毎年の新年会に際して、会費に+アルファして集めるかどうかを検討し、皆さんに諮りたいと思っております。菊池君については、今回限りとして清算するつもりです
以前、お知らせしましたように、8月3日(土)午後3時から、政情不安のジンバブエに赴任される山川君の壮行会を開催します
つきましては、当日は、故菊池君及び故宮澤君の新盆1週間前ですので、併せてお二人を偲びたいと思っております。有志の方々の参加を希望します。細部は、関連メールをご覧下さい

○ 昨日、故菊池寛くんのお通夜に出かけてきました。鈴木直幸くん、佐々木勝裕くん(花泉の)と合流しました。「在京白亜43会」の名義でお花をそなえさせてもらいました。「盛岡一高43会有志一同」のお花も見受けました。盛岡在住の同窓生からのようでした。ご親族合わせて40名くらいだったでしょうか。順子夫人とお話をしましたところ、昨年12月には入院していて字を書けない状態で年賀状は奥様がお書きになったそうです。病気はかなり稀なものだったようで治療法がなかったとのこと。酒やタバコのせいかなとも思っていたのでしたが、そうではなかったようです。娘さん、息子さんは大学生ぐらいの年恰好、娘さんは筑波大3年生とのこと。もっと彼と連絡をとっていればと悔やまれます。それぞれが人生の荒波の真っ只中にいるわけですね。故菊池寛君のご冥福を祈りつつ。     吉田博夫

○ 過日に戴いた、寛ちゃんの訃報、中学(小学モカ)、高校、はた又吹奏楽の仲間等々、長きに亙る友ということで、ショックを否めないところで中村、関田両氏もほぼ同じ友で、在京43会は御無沙汰してますが、急遽連絡をつけ、葬儀の方へ、中村氏と共に行ってまいりました。現地では、鈴木(直)氏とは、会えました   下田喜美雄

○ お通夜と葬式に出てきました。葬式は鹿島建設東北支店が主体となって盛大に執り行われました。一高43年会関係では、吉田くん、佐々木くん、下田くんが出席しておりました     鈴木直幸


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謹んでお知らせ致します
かねて療養中でありました、トピー工業株式会社 財務部参事 宮澤 英裕(享年55歳)君が、平成14年5月3日午前1時8分、永眠されました。通夜及び告別式の日程等は、次のとおりです。
○ 通 夜; 5月8日(水)18:00〜19:00 桐ヶ谷斎場(品川区西五反田5−32−20 電話:03−3491−0213)
○ 告別式; 5月9日(木)10:00〜11:00  同上
喪主 宮澤 コウ子様(御夫人) 品川区二葉1丁目
○ 盛岡での告別式:5月15日(水)を予定されているそうですが、場所及び時間は未定です。
宮澤君は、我々が担当した、一昨年の在京白堊会総会の役員の一人として、活躍していただきました。その後、体調を崩されて入院されたのですが、昨年の夏、退院されたのを期に快気祝いをして、これからの健康を祈ったことが思い出されます。惜しい方をなくしました。      合掌 (大澤 邦雄 記)
(東京白堊43会では桐生久士君以来2人目の故人です。奇しくもお二人とも大田区在住の常連でした。謹んでご冥福を祈ります)
[報告]故宮澤君の通夜及び告別式が、予定どおり行われましたので、その状況をお知らせします
通夜には、玉澤君、川村君、藤島君、戸来君、私、そして、柔道部先輩の白石さんが集まり、焼香させていただきました。その後、奥様、御両親、そして弟さんらと、親しく個人の想い出を語り合いました。通夜には、沢藤君と今松君が来られたようですが、我々と会うことは出来ませんでした。 9日の告別式には、玉澤君、星野君、佐々木美枝子さん、そして友人を代表して弔辞を述べた藤島君が列席しました。その後、桐ヶ谷斎場で荼毘にふされた後、上記の皆さんが骨上げ、そして初七日の法事に出席されたそうです。 藤島君の弔辞は、素晴らしかったということでした
なお、「盛岡一高在京43会」から、ということで、有志により、生花を献花するとともに、弔電を打っております
追伸
通夜に出席された白石先輩は、「花の企画社」という園芸関係の会社を、都内で経営されておられます。 一高の者から、と言って生花等をオーダーされますと、破格の値段で全国に託送して頂けるそうです
母の日も近いことですので、その節は是非、御利用ください
連絡先は、次のとおりです。
電話 03−3268−5701 電子メール アドレス :    hana@pastelnet.or.jp (大澤 邦雄 記)


左から2人目在りし日の宮澤英裕君、柔道部の集まりですね(左端の澤藤隆一は新聞部です、取材してるのかな?)



在りし日の桐生久士君
1978年夏、伊豆今井浜の海水浴

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